村上寫這篇,真的是吃力不討好...

   在日本國內被罵得要死、台灣新聞只節錄一小段讓人有斷章取義之嫌

   中國、韓國也一起罵,不過罵得又是日本軍國主義時代的腐屍。

 

   但其實,村上正中紅心的寫出問題所在。

   被政客煽動的民族主義,只有那些愚民啊會上鉤~

   (村上寫得很含蓄,白話一點的講就是妳們這些被操弄的愚民,明天醒來後就知道自己多白癡)

   民族主義是現代自由的基礎,卻也可以危險的成為獨裁主義的最佳素材。

   民族主義不應該阻擋文化的交流,那是人類之所以進步的基礎...

   多年後回首,就會發現這一切都是笑話~

   中共看著台灣跟日本鬧翻在旁邊拍手,順便可以吃一下台灣豆腐"釣魚台是中國的!!"=台灣也是中國的

   美國看日本被中國經濟制裁的慘兮兮也在旁邊偷笑

   韓國看到中國貨在日本不賣,中國不買日本貨也在旁邊放鞭炮

   跟馬英九的民調13趴一樣,昨天看到電視的跑馬燈,吃飯吃到一半差點噴出來....

   這一切,真的只不過是笑話

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   村上春樹さん寄稿 領土巡る熱狂「安酒の酔いに似てる」

 尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。
それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。

 この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。
そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。
各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。
共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。

 僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。
どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、
この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、
そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。

 たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。

    それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。
    彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。

 このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、
このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。
文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。

    今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
 
    国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、
また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、
危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。
論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。

 それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、 両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
 
  僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。
 それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。
 僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、
 「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
 
  最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。
 一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、
 どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。
 逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。
 それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
 
  安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。
 そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。

 

      尖閣諸島紛爭升溫中,此時看到日本作家的書籍在中國很多書店消失無蹤的報導,對於身為日本人作家的我而言想當然耳多少會感到震驚。這是政府主導的組織性的排斥?還是書店方面自主性下架?其詳細原因目前還不知道。所以在這個階段我先不對是非對錯表示意見。

      在這20年來東亞地區最令人欣喜的成就之一,就是在這裡形成了特有的「文化圏」。
之所以能夠達成這樣狀態的主因,應該可以說是中國、韓國與台灣顯著的經濟發展。
因為各國建立了強大的經濟體系,使得文化可以等價的交換,許多文化的成果(智慧財產)可以跨國往來。
也訂定了共通的規則,曾經在這個區域猖獗的盜版也逐漸消失(或者應該說是大幅消失),大多時候也能夠正常收取預付版稅與版稅。

      若以我本身的經驗來說,則是「走到這裡的這條路還真長啊」。以前的狀況曾是那麼的惡劣。
到底是多惡劣,這裡不提出具體的事證(因為不想造成不必要的糾紛),但是最近環境顯著的改善,
這個「東亞文化圏」成為豐富、穩定的市場,確實地逐漸成熟。雖然還是有一些個別的問題存在,但是在這個市場內,現在基本上可以自由、等價的交換音樂、文學、電影或電視節目,許多人都能夠取得,並以其為娛樂。
這應該說是相當棒的成果。

      比如說因為韓國電視節目相當火紅,跟以前比起來現在日本人對韓國文化更能夠親密的接觸,學習韓文的人數也急增。
  
      不知道算不算互換性的,比如說我在美國大學時,有很多韓國人、中國人的留學生會來造訪我的辦公室。
      他們以令我吃驚的的熱心閱讀我的書,在我們之間有很多需要互相談論的事。

      經過了很長的歲月才讓這麼好的狀況出現,這是很多人投注了心血才辦到。我也是當事者之ㄧ,雖然力量相當微薄,但一路走來我也是相當努力,若是能夠持續這樣穩定的交流的話,存在於我們東亞鄰近各國之間的幾個未能解決的懸案,也許會花些時間,但我曾報著期待,相信會慢慢的朝向解決之路邁進。
我把文化的交換能帶來「就算我們之間說的語言不同,但是基本上我們都是可以共同擁有感情或感動的人類們」這樣的認知,視為一個重要的目的。這也就是跨越國境,精神往來的通道。
 
      這次尖閣諸島的問題,或者是竹島問題,身為一位亞洲作家,或者是說對身為日本人的我而言,我很害怕會好不容易達到的成果會被破壞殆盡。

      只要有國境線,很可惜的(該這麼說嗎?)領土問題就是不可避免的問題。不過那是在實務上可以解決的事情,且他一定要是實務上可以解決的事情。領土的問題若是超過實務上的課題,踏入到「國民情感」的領域裡,往往都會沒有出口,有可能出現危險的狀況。這跟喝便宜的酒而酒醉一樣。便宜的酒只要幾杯就能讓人醉,讓血液衝到頭部,人們的聲音會變大,行動會變的粗暴。
理論會變的單純化,自我反覆。但是吵鬧的紛亂後,隔天一早留下的只剩討厭的頭痛罷了。

      我們必須相當留意大方招待這樣便宜的酒,煽動騷亂的政治家與好議之人。
      1930年代的阿道夫.希特勒政權之所以能鞏固基礎,也是以貫徹收復第一次世界大戰喪失的領土,作為其政策的根幹。
 
      我們都知道那會造成怎樣的結果。這次在尖閣諸島的問題上,狀況之所以會被演變到這麼嚴重的地步的主要原因,
      兩方面日後必須要冷靜的檢視驗證。政治家與好議之人只是以威嚇的言語煽動人們就結束了,但實際上傷害的卻是被推到現場的每一個人。

      我在「發條鳥年代記」這本小說中,曾經提到1939年滿洲國與蒙古之間所發生的「諾門罕戰役」。
那是國境線紛爭所帶來的,很短,卻熾烈的戰爭。日本軍與蒙古=蘇維埃軍之間所進行的激烈戰鬥,雙方加起來將近兩萬人喪命。

      我在寫完小說後造訪那個地方,站在還四處散落著彈匣與遺物的蒼茫荒野正中央,「為什麼人們一定要為了這樣一塊不毛之地沒有意義的互相殘殺?」我感受到一股無力感襲來。

      就像我在最開頭的地方說的,關於在中國的書店日本人的著作被下架一事,我沒有闡述意見的立場。那怎麼說都是中國國內的問題。
     身為一位作家,我覺得相當遺憾的是,對於這件事我沒有辦法做些什麼。我在這裡能夠清楚的說得只有,對於那樣中國方面的行動,希望大家能夠不要採取報復的行動。因為若是那樣做的話,那就會變成你我的問題,會回向到我們身上吧。
     相反的,你我若是能夠以冷靜的姿態展現「我們對於他國的文化,不論有怎樣的原因,都不能失去應有的尊重」的話,對你我而言是會是很重要的成就。
     那就等於站在與喝便宜酒而酒醉的人相反位置吧。
     喝便宜酒而酒醉的人有一天會醒來。但是精神往返的道路不能阻塞。許多人花費了長年的歲月與血汗努力建造了這樣的道路。

    那也是今後,不管發生什麼事都必須繼續維持的重要通道。 

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